Vol.36 圦本 尚義さん「かきねのない空間」

「かきねのない空間」

北海道大学理学部教授 圦本 尚義

なんてやわらかい かんかく…
 私が道民になった日、札幌駅で、初めて妙夢に触れた印象である。あの時は安田侃もアルテピアッツァ美唄も知らなかった。2010年、幸運にも同時に賞をいただけることになった時、初めて先生のことを知った。どんな作品を創る先生だろうと、授賞式の前日にアルテピアッツァを訪問した。穏やかな秋の日だった。正面の山は紅く色づいている。天翔の丘に登ってみる。彫刻には赤とんぼが羽根をやすませ夕陽をうけていた。周りを見渡すと、かきねのない空間。ふらりとやって来て、ふらりと出ていける。こんな空間があるんだ。しばらくぼーっとしていると、人影がふたつ登って来た。
 翌日、授賞式で先生にお会いし、ご挨拶をした。式が終わり、ホテルのカフェに休憩に行くと、先生もいらしていたので、お声をかけ少しゆっくりとお話をさせていただけた。「昨日アルテにいって来ました。先生を見かけました。」と白状をすると、「声をかけてくださればよかったのに。」と応えてくださった。以来、アルテに度々出かけ、先生とお付き合いが続いている。
 私は、科学者である。科学をする空間にもかきねがない。たとえば私が地球や惑星を研究するとき、観測をして取り組むこともできるし、分析をして取り組むこともできる。あるいは新しく地球や惑星を作ってしまっても良いのだ。工夫をすれば、実験室で地球を作ることもできるし、理論を使って計算機で作ることもできる。他にもまだ思いついていない方法があるかもしれない。この思いついていない方法こそ発見だ。これまでの発見の一つ一つが科学の作品なのです。アルテと似ていませんか?もう一つ似ているのは、この研究を誰かがふらりとやりにきてもいいし、私が今からふらりと他のことを研究し始めるも自由なんだ。好きなときに好きな科学が好きなだけできる空間、それが私のアルテ。
 昨年の夏、北大で国際隕石学会が開催され世界中の隕石学者が集結した。そのうちの何十人かが、アルテに遠出をし、午後のひとときを楽しんだ。みんなは、美唄の大地で不思議な彫刻に触れ、何を感じてくれただろう。私はみんなを遠くから眺めたり、みんなと宇宙の話をしたりしながら、コーヒーを飲んでいた。そして次の日、はやぶさ2が小惑星リュウグウへ2回目の着陸に成功した。
 今、世界中で新型コロナウィルスの感染がおさまらない。私たちは彼らとうまく付き合っていく方法を身につけなければいけない。その発見までの間、人の空間に合理的な垣根をつくることは仕方ない。でも、感染症の歴史は、うまく付き合える方法を人類が見つけられることを約束している。遠からずかきねのない空間に戻せるだろう。幸福と創造のためにそれはずーっと必要なのだから。