Vol.26 大平 まゆみさん「アルテピアッツァというところ」

アルテ通信 Vol.26

「アルテピアッツァというところ」

ヴァイオリニスト 大平まゆみ

 以前、ずーっと前に、私はここにきたことがある……。
 初めてアルテピアッツァに行ったとき、なぜか感じた。小雨が降る、落ち着いた午後だった。急に思い立って札幌から車を走らせた私は、ひきつけられるようにそこに向かい、カフェアルテにいた。
 目の前の窓の外に広がる世界は、言葉では言い表せないほど美しかった。窓という大きな額縁の中に広がる、自然という芸術。しっとりと濡れた鮮やかな緑の世界はどこまでも続いている。
 そしてその中に立っている彫刻作品は、その世界に見事にとけ込んでいる。自己主張せず、ごく自然に佇んでいる。
 しばらく見とれていた私の前に、コーヒーが運ばれてきた。こんなに魅力的な香りのコーヒーなんてあるのかしら、と思うほど香ばしい。私を包み込み、身体中に浸透していくかのようだ。
 ふと気づくと、雨音が強くなってきていた。雨脚が強くなったのだろう。静寂な世界に響く雨の音、私にそっと語りかけてくれているかのようだ。
 しばらく安らかな時を過ごした私は、その日はそれ以上散策せずにそのままそこを後にした。
 それ以来、何回も訪れているアルテピアッツァ。体育館、カフェでの演奏もした。公園の中を歩いて一つ一つの作品に触れて歩いた。いつも期待を裏切らない、普遍の場所なのだけれど、あの初めて行った日の感動は忘れられない。
 一人で行ったからだろうか。雨が降っていたからだろうか、体中の感覚が刺激され、癒され、研ぎすまされて帰ってきた。
 雑多なことに追われる毎日。時間は知らない間に過ぎていき、毎日が終わってしまう。コンビニ、携帯電話をはじめとする機器類…、あらゆるものが便利になってきているはずなのに、心は落ち着かない。
 私達は鈍感になってきている。五感が鈍くなってきている。使う必要性がないから。賞味期限、降水確率…、すべてがデータ化されているので、自分で感じて判断する必要がない。
 アルテピアッツァはそんな自分にいろいろな感覚を思い出させてくれた。聴覚、嗅覚、味覚、視覚、触覚。そして一番大切な第6感も。優しい大地の母の懐のような、安心できる場所。心を穏やかに包み、そしてあらためて強くなれるように後押ししてくれる。厳しく、時には残酷なことも多い本当の大自然。日常生活という、私達を囲む様々な環境に勇気と優しさを持って出ていけるようにそっと背中を後押ししてくれる。