Vol.12 安藤 千鶴子さん「再生の広場 アルテピアッツァ」

「再生の広場 アルテピアッツァ」

元北海道放送アナウンサー 安藤千鶴子

 久しぶりの休日でした。のんびりと一人で「あの美味しいコー ヒーが飲みたい」と希いました。JRに乗って札幌から凡そ1時間の後、私はカフェアルテの窓辺に 座っていました。心を込めて落とされた香り高いコーヒーを味わいながら。窓の外のなだらかな丘の麓には昨年イタリアから運ばれた安田侃さんの作品「真無」が辺りの風景に優しくとけ込むように立っています。アルテピアッツァ美唄の空は青く澄み、芸術広場はうっすら積もった新雪に春近い光が降りそそいでいます。
 市役所倉庫の廃材を使って建てられた懐かしさがただようカフェで、悠久の時を経て誕生した大理石の彫刻を眺める…。だからいっそうこのコーヒーは味わい深いのでしょう。そんなことを思いながらぼんやり好い気持ちでいると、 ふと動くものがあります。「真無」の丘の頂きです。「キツネ・・」不意をつかれてドキドキしました。大柄なキツネが、ふさふさした尾をまっすぐ青空に向けて、左手の雑木林の中から現れ、20メートルほど稜線を歩くと反対側の松林にゆっくりと消えました。「おいらもこのアルテの仲間だよ」とでも云っているように見えました。
 この前訪ねたのは昨年の冬至祭の催しのあった夜でした。
 前半は「森語り」と名付けられた朗読と音楽の会。理事長の磯田憲一さんと私が読み、道内を拠点に精力的なコンサート活動を展開しているJUNCOさんが弾き語りをしました。そして後半は、安田侃さんのワークショップ「こころ を彫る授業」に使われているスタジオアルテを会場にして、冬至祭パーティーが開かれました。近くの農家のみなさんのご好意で届けられた豊かな実りを歓声あげながらご馳走になったのです。ちなみ に一昨年は、安田さんが杵でついたお餅を、つきあがったそばからお汁粉にしてみんなでいただきました。その美味しいことといったら…。この日も、ホクホクの冬至カボチャのお汁粉、赤飯、昔の味がする山盛りの沢庵や白菜の漬け物、蕎麦打ち名人が腕によりをかけて打った極上の蕎麦。収穫した人、作る人、食べる人、笑顔がいっぱい の、温かい冬至祭でした。
 NPO法人アルテピアッツァびばいは今年の始め「地域づくり総務大臣表彰」 を受けました。
 かつて産炭地として栄えた美唄に生まれ育った安田侃さんはイタリアで創作活動を続けて20数年後、アトリエを探して故郷に帰り炭鉱閉山とともに閉校した旧栄小学校を訪ねます。そこで、併設された閉園寸前の幼稚園に元気に 通う園児達と出会います。「この子どもたちが喜ぶ広場にしよう」という思いが、アルテ創造の確かな灯となったのでした。
 それから18年が経ちました。磯田理事長は受賞に際し次のように述べておられます。(総務省・地域づくり3月号より)
 『アルテは、なぜか訪れる人の懐かしい記憶を呼び覚まし、心を和ませた人たちは「また来ます」と言いながら帰途につく。その不思議な力はなんなのか。それは、今そこにある「彫刻の価値」や「緑の佇まいを語るだけでは説明できない。地底を掘ることの誇りと苦しみ。活況の陰で事故によって地底に果てた人たちの無念。心ならずも故郷を捨てねばならなかった人々の涙…。そうした切ない過去の集積も私たちの今に力を与えてくれていると思えてならない。「アルテピアッツアびばい」の活動は、これまでの「成長」の物差しを超 えて、アートと地域との絆を通して、豊かさの新しい機軸を創造する挑戦である」
 ここで働く人たちは、一人一人とても良い顔をしていると、来る度に思います。アルテで働く誇りと喜びが、こんなに清々しい表情になるのでしょう。美唄の歴史を大きくくるみ込んで、自然と彫刻が融合する不思議な空間。コー ヒーを飲んでいた男性が話してくれました。「仕事に疲れると来るんです。ボーっとしているとすっかり良い気持ちになれる。帰ると翌日は元に戻ってしまうけど」。
 夏には又小さな子ども達と一緒に来ます。